【WS】「全体で生きる」とは、どういうことでしょうか?

「全体で生きる」とは、どういうことでしょうか?

私たちは、ときどき自分の人生を、
いくつもの部分に分けて考えています。

仕事をしている自分。
家族といる自分。
誰かを愛している自分。
不安を感じている自分。
瞑想している自分。

そして、

「もっと穏やかな自分でいたい」
「こんな自分は変えなければ」
「もっと成長しなければ」

と思うことがあります。

でも、本当に必要なのは、
より完璧な自分になることなのでしょうか?

アルヴィナの「全体性(Wholeness)」のイベントには、
とても大切なメッセージがあります。

完璧になることではなく、
全体であること。

自分の好きなところだけではなく、
不完全さも、弱さも、
マインドが「これはいらない」と判断する部分さえも、
ハートの中で抱きしめていく。

すると、

「私はこうでなければならない」

という緊張から少しずつ離れ、
ありのままの自分が、すでにひとつの全体だった

ということに気づいていくのかもしれません。

オーラソーマにも、
このテーマと響き合うボトルがあります。

B065
「頭は天に、足は地に」。

この名前には、とても象徴的なメッセージがあります。

天だけを求めるのでもなく、
地上の現実だけにとらわれるのでもない。

頭は天に、足は地に。

空と大地。
精神と身体。
内側と外側。
静けさと活動。

一見すると反対に見えるものを、
どちらか一方にするのではなく、
その両方を含んで生きる。

それは、アルヴィナが今回伝えている
「全体性」と重なります。

OSHOはこう語っています。

「大切なことは完璧であることでなく、
全体であること。」

そして、さらに興味深いのは、

全体性は、
これから努力して手に入れるものではない、

ということです。

私たちはすでに、
生命という大きな全体の中にいます。

木々も、山々も、
鳥たちも、人々も、
遠くに輝く星々も。

一枚の小さな草の葉でさえ、
存在全体から切り離されてはいません。

そして、それは私たちも同じです。

けれど、日々の生活の中では、
そのことを忘れてしまいます。

「私はひとりだ」
「誰にも理解されていない」
「もっとちゃんとしなければ」

そんなマインドの声によって、
自分自身からも、
周りの人からも、
生命そのものからも、
切り離されているように感じることがあります。

アルヴィナの「全体性」のイベントでは、
何か新しいものを自分に付け加えようとするのではありません。

瞑想と愛のある気づきを通して、
内側へとくつろいでいきます。

そして、

ずっとそこにあったつながりを、
もう一度思い出していきます。

ハートから自分自身を受け入れる。

そこから愛が、
他の人へ、
自然へ、
生命へと広がっていく。

同時に、さらに深く内側へ入り、
変化し続ける人生の中心にある
静けさへとつながっていく。

外側では人生をいっぱいに生きながら、
内側には静かな中心がある。

まさに、

「頭は天に、足は地に」

です。

今回の「全体性」は、
頭で「ワンネス」を理解するためのイベントではありません。

アルヴィナとともに瞑想し、
OSHOの言葉に耳を傾け、
ハートのシンクロニシティの中で、

「私は全体から離れていなかった」

ということを、
自分自身の内側で感じていくための時間です。

瞑想経験は必要ありません。

もっと自分自身と深くつながりたい方。
人や自然、生命とのつながりを感じたい方。

そして、
「もっと良い自分にならなければ」と努力することから少し離れて、

今ここにいる自分の全体を生きてみたい方へ。

アルヴィナの「全体性」は、
そんなあなたのためのイベントです。

何かを新しく手に入れるのではなく、
すでに自分の中にあるものを思い出す。

そのとき、
世界の見え方が少し変わるかもしれません。

あなたもアルヴィナと一緒に、
「全体性」のスペースへ入ってみませんか?

アルヴィナ

「全体性」イベント3
早割は9月6日(日)まで
▼ 詳細・お申し込み

「全体性」イベント3 ─ 内側と外側の全体性

今回ご紹介した
B065「頭は天に、足は地に」について
もっと知りたい方は

こちら。
▼ B065の詳しい意味
https://aura-soma.co.jp/aura-soma/equilibrium-bottles/meaning-of-b065-head-in-heaven-and-feet-on-earth/

OAU
えたに